培養肉って安全?『夢の細胞農業』から学ぶ、コストと食の未来

培養肉 羽生雄毅さんという研究者の方が書かれた『夢の細胞農業 培養肉を創る』という本

はじめに:未来の肉は細胞から生まれるってホント?

細胞

突然ですが、みなさんは今日の夕飯に何を食べますか? 焼肉? 唐揚げ? それともハンバーグ?

私たちにとって当たり前の「お肉」が、今、とんでもない進化を遂げようとしているんです。牧場で育った牛や豚ではなく、科学の力で**「細胞から作るお肉」**が現実になりつつあるって、ご存知でしたか?

この記事では、私が最近どハマりしている、このちょっとSFっぽい「培養肉」の世界を、みなさんにもっと身近に感じてもらえるように、わかりやすく解説していきます。

培養肉とは?

培養肉とは、牛や鶏などの動物から採取した細胞を、特殊な環境で増やして作るお肉のことです。

従来の畜産とは異なり、動物を育てる必要がないため、環境への負荷を減らし、食料問題を解決する新たな手段として注目されています。

培養肉の製造は、主に以下の3つのステップで行われます。

  1. 細胞の採取: 生きている動物から、ごく少量の細胞(筋肉や脂肪など)を採取します。この際、動物に大きな負担はかかりません。
  2. 細胞の培養: 採取した細胞を、成長に必要な栄養素(アミノ酸、ビタミンなど)を含む液体の中で増やします。この段階で、細胞は元の何十億倍にも増殖します。
  3. 組織化: 十分に増えた細胞を加工し、私たちが普段食べている肉のような形や食感に整えます。

『夢の細胞農業』が示す培養肉の基礎と概念

研究所

この話をする上で欠かせないのが、羽生雄毅さんという研究者の方が書かれた『夢の細胞農業 培養肉を創る』という本との出会いです。

「お肉を細胞から作るなんて、どうせ特別な研究所の話でしょ?」と思ってた私ですが、この本を読んで目からウロコが落ちました。この本の著者である羽生雄毅さんは、大学院で生物学を専攻するかたわら、2014年に有志の仲間と「Shojinmeat Project」を立ち上げました。彼らが目指したのは、巨大なラボではなく、ごく普通の場所で培養肉をつくるという、前代未聞の挑戦です。

本には、まるでプラモデルを組み立てるみたいに、どうやって細胞を育てていくか、その方法が楽しく書かれていました。「シチズンサイエンス(市民科学)」、つまり科学は専門家だけのものじゃなく、私たちみんなが参加できるんだよ、という著者のメッセージに、なんだか胸が熱くなりました。

この本を読んだおかげで、培養肉が単なる技術じゃなくて、私たち自身の未来に関わる、もっと身近なものなんだって気づいたんです。それは、地球規模の食料問題、環境問題、そして動物福祉という、私たちが直面する大きな課題を解決するための、新しいアプローチでもあるのです。

たとえば、牛を育てるには、広大な牧草地や大量の水、飼料が必要です。そして、牛のげっぷに含まれるメタンガスは、地球温暖化の原因の一つとされています。

しかし、培養肉は、これらの課題を根本的に解決できる可能性を秘めています。より少ない資源で、より効率的に、そして動物の命を奪うことなく、おいしい肉を生産できる。この本は、そんな壮大な夢を、誰もが手に取れる形で語りかけてくれるのです。


世界の培養肉最新動向:なぜアメリカやシンガポールが先行するのか?

世界地図
世界地図

さて、日本だけじゃなく、海外でも培養肉の研究は超スピードで進んでいます。その中でも、特にアメリカとシンガポールは、もはや「研究」の段階を飛び越えて、実際に**「売る」**ところまで来ています。

アメリカでは、Upside FoodsEat Justといった企業が、食品医薬品局(FDA)と農務省(USDA)という二つの政府機関から、培養鶏肉の販売許可を取得しました。これは、培養肉が科学的に安全な食品として認められたことを意味します。Eat Justの培養鶏肉は、GOOD Meatというブランド名で、シンガポールでは既にチキンナゲットとしてレストランや一部のスーパーで販売されています。アメリカでも、サンフランシスコのレストラン「Bar Crenn」などで、その味が楽しめるようになっています。

なぜ彼らが先行しているのでしょうか。その背景には、政府の強力な支援があります。シンガポールは、国土が狭く食料自給率が低いという課題を抱えており、培養肉を国家戦略として位置づけています。アメリカは、食肉市場の巨大な需要と、イノベーションを積極的に推進する文化が、この分野を加速させています。

もちろん、彼らだけではありません。培養肉の発祥の地とも言えるオランダでは、世界で初めて培養ハンバーグが試食されました。イスラエルのAleph Farmsは、国際宇宙ステーション(ISS)で細胞を培養することに成功しました。これは、将来、宇宙旅行や火星移住の時代が来ても、おいしいお肉が食べられるかもしれない、そんな夢のような話なんです。

さらに、近年では中国も、食料安全保障の観点から培養肉に巨額の投資を始めています。このように、培養肉は、一部のベンチャー企業の夢物語ではなく、世界各国の国家戦略、そして巨大な市場を巻き込みながら、急速に現実のものになろうとしているのです。


日本の培養肉研究:強みは「再生医療」?

培養肉研究

海外がすごいのはわかったけど、日本はどうなの?と気になりますよね。

実は、日本には「再生医療」という分野で培ってきた、世界トップレベルの細胞技術があります。ここで少し疑問に感じた人もいるかもしれません。「再生医療って、iPS細胞のことだよね? 培養肉とiPS細胞って、同じなの?」と。

答えは**「違います」**。

iPS細胞(人工多能性幹細胞)は、体のあらゆる細胞に変化できる「万能細胞」で、主に病気の治療などに使われます。一方、培養肉は、最初からお肉の細胞を増やして、肉そのものを作ることを目的としています。

しかし、どちらも細胞を正確に、そして安全に扱うという、高度な技術が根底にあります。日本の研究者が長年培ってきたこの細胞技術が、培養肉という新たな分野で大きな強みになっているのです。

たとえば、先ほど紹介した本の著者、羽生さんがCEOを務めるインテグリカルチャー社は、独自の細胞培養システム「CulNet System」を開発しています。

従来の培養肉は、細胞を育てるために高価な「成長因子」を大量に添加する必要がありました。しかし、このシステムは、細胞同士が成長因子をやりとりする自然な環境を再現することで、外部からの添加物を大幅に削減できる可能性を秘めています。この技術が完成すれば、培養肉の製造コストを劇的に下げることができると期待されています。

他にも、私たちが普段から食べている大手食品メーカーも、この分野に本気で取り組んでいます。

日清食品は、3Dバイオプリンターを使って牛のサイコロステーキを培養する研究を進めています。

味の素は、培地の原料となるアミノ酸の提供に強みを発揮しています。

そして石油化学大手の出光興産も、培養に必要なバイオマス原料を開発するなど、異業種からの参入も相次いでいます。

日本の強みは、おいしさや安全性をとことん追求する「食へのこだわり」です。この日本のDNAが、世界を驚かせるようなおいしい培養肉を生み出してくれるかもしれません。


培養肉の安全性とコスト問題は?ハンバーガーひとつ3,000万円⁉

3000万円ハンバーガー
出典:「人造肉」ハンバーガー:作成費用は3,000万円超 | WIRED.jp

とはいえ、培養肉が私たちの食卓に当たり前に並ぶまでには、まだいくつかの大きな壁を乗り越えなければなりません。

まず、一番気になるのが**「お値段」ですよね。

初めて作られた培養ハンバーグは、なんと3000万円以上しました。これは、研究開発の初期段階で、生産効率が極めて悪かったためです。しかし、技術の進歩はすごいスピードで、今では1キログラムあたり数千円までコストが下がってきています。将来的には、従来の食肉よりも安くなる可能性だってあるんです。

なぜコストが高いのか?

主な理由は、細胞を育てるための「培地」です。培地には、細胞の成長に必要なアミノ酸、糖分、ビタミン、そして「成長因子」と呼ばれる高価なタンパク質が含まれています。この培地のコストをいかに下げるかが、培養肉普及の最大の課題となっています。

もう一つの大きな壁は**「気持ちの問題」**です。

細胞から作ったお肉って聞くと、なんだか「不自然」「気持ち悪い」と感じる人も少なくないはず。それに、「本当に安全なの?」という疑問も当然わいてきます。

この点について、培養肉は、衛生管理が徹底されたクリーンな環境で生産されるため、家畜の病気(鳥インフルエンザや口蹄疫など)や食中毒のリスクを抑えられるというメリットがあります。製造工程がすべて管理された空間で行われるため、抗生物質を使う必要もありません。

そして、最も重要なニュースがあります。

2023年、アメリカで培養鶏肉がついに政府機関から安全性を認められたんです。具体的には、**FDA(食品医薬品局)とUSDA(農務省)**という、食の安全を守る二つの機関が、特定の培養鶏肉製品の販売を正式に承認しました。これは、培養肉がもう単なる研究段階ではなく、私たちの食卓に並ぶための安全な食品として、公的に認められたことを意味します。

倫理的な観点では、動物を殺さずに済むという大きなメリットがありますが、「細胞を採取する行為はどうか」という議論も続いています。また、培養肉という言葉自体に抵抗を感じる人もおり、代わりに「クリーンミート」といった呼び方も提案されています。こうした課題を一つずつクリアしていくことが、未来の食卓の鍵となるでしょう。


培養肉の未来展望:私たちの食卓に並ぶ日

食卓

『夢の細胞農業 培養肉を創る』という一冊の本は、私に「培養肉」という世界を教えてくれました。それは、単に技術が進歩する物語ではなく、食料問題や環境問題といった地球規模の課題に、科学と夢の力で立ち向かう、壮大な挑戦の物語でした。

培養肉は、まだ完璧なソリューションではありません。しかし、確実に一歩ずつ、私たちの未来の食卓を変えようとしています。それは、倫理観、環境、そして美味しさという、私たちが大切にしたい価値観をすべて満たす、新しい「肉」のあり方かもしれません。

さて、みなさんは、もし培養肉が目の前にあったら、食べてみたいですか?