
化石燃料に代わる次世代エネルギーとして、電気自動車(EV)が注目を集めています。しかし、EVだけでは解決できない課題も多く、特に既存のガソリン車を使い続けたい人や、航空機、船舶といった分野では別の解決策が求められています。
そこで今、世界中のエネルギー業界や自動車メーカーから熱い視線を浴びているのが合成燃料です。
果たして、合成燃料は本当に脱炭素社会の救世主となるのでしょうか? そして、私たちはいつ頃、ガソリンスタンドで合成燃料を手に入れられるようになるのでしょうか? この記事では、合成燃料の仕組みから、現在の技術レベル、そして実用化に向けた世界の動向まで徹底的に解説します。
第1章:合成燃料とは?その仕組みと種類

1-1. 合成燃料(e-fuel)の定義
合成燃料とは、「e-fuel(イーフューエル)」とも呼ばれ、化石燃料を一切使わずに人工的に作り出される液体燃料です。その主な原料は、大気中や工場の排ガスから回収した二酸化炭素(CO₂)と、再生可能エネルギーで生成した水素(H₂)です。
ガソリンや軽油、ジェット燃料といった従来の液体燃料と全く同じ化学組成を持つため、既存の内燃機関(エンジン)や燃料供給インフラをそのまま利用できるという、EVにはない最大のメリットを持っています。
1-2. カーボンニュートラルの仕組み
合成燃料が「カーボンニュートラル」と言われるのは、カーボンリサイクルという考え方に基づいています。
- 製造時: 大気中や工場からCO₂を回収する。
- 使用時: 合成燃料を燃焼させるとCO₂が排出される。
つまり、燃焼で排出されたCO₂は、次に合成燃料を作る際の原料として再利用されます。これにより、地球全体の大気中のCO₂総量を増やさず、実質的な排出量をゼロに抑えることができるのです。この循環の輪を確立することが、合成燃料の真価を発揮する鍵となります。
1-3. 主な製造プロセス(Power-to-Liquids)
合成燃料の代表的な製造方法は、Power-to-Liquids(PtL:電力から液体へ)プロセスと呼ばれます。その手順は以下の通りです。
- 水素の生成: 太陽光や風力といった再生可能エネルギーを使って水を電気分解し、クリーンな水素(グリーン水素)を生成します。
- CO₂の回収: 工場や発電所の排ガスから、または大気中から直接CO₂を回収します。
- 合成反応: 回収したCO₂と、先ほど生成した水素を混ぜ、触媒を使って「フィッシャー・トロプシュ(FT)合成」と呼ばれる化学反応を起こします。
- 精製: この反応によって得られた合成粗油を、ガソリンや軽油、灯油などに精製します。
このプロセス全体で、いかに効率よく、そして安価に燃料を生成できるかが技術開発の最大の焦点となっています。
第2章:実用化に向けた現在の技術とコストの課題

合成燃料がまだ広く普及していない最大の理由は、その製造コストの高さにあります。
2-1. コスト問題:なぜ高価なのか?
現状、合成燃料のコストはガソリンの数倍から数十倍に達すると言われています。その主な要因は以下の2点です。
原料コスト: 製造の大部分を占めるのが、水素の生成コストです。再生可能エネルギー由来のグリーン水素は、まだ製造コストが高く、これがそのまま最終的な燃料価格に上乗せされます。
エネルギー変換効率: PtLプロセスでは、発電から最終的な液体燃料の生成まで、エネルギー変換の過程で多くのロスが発生します。この効率の低さが、燃料価格を引き上げる原因の一つです。

2-2. 技術開発の動向
このコストと効率の課題を解決するため、世界中で技術開発が進められています。
高効率な触媒の開発: より少ないエネルギーで効率的に合成反応を起こすための新しい触媒が研究されています。
大規模プラントの建設: 大量生産によるスケールメリットでコストダウンを目指す動きが加速しています。チリやオーストラリア、中東といった再生可能エネルギー資源が豊富な地域では、巨大な合成燃料プラントの建設計画が進行中です。
第3章:日本と世界の動向:誰が実用化を牽引するのか?

合成燃料は、単なる技術開発の範疇を超え、各国のエネルギー戦略や自動車産業の未来を左右する重要なテーマとなっています。
3-1. 欧州の動向:内燃機関車の救世主
欧州では、2035年以降の内燃機関車の新車販売を実質的に禁止する方針が打ち出されました。しかし、ドイツが中心となり、「e-fuelのみを燃料とする内燃機関車は例外的に販売を認める」という妥協案が成立しました。
この方針転換は、合成燃料が単なる研究対象ではなく、内燃機関車を存続させるための現実的な選択肢として認められたことを意味します。自動車メーカー各社も、電動化一辺倒ではなく、合成燃料に対応したエンジンの開発も並行して進めています。
3-2. 日本の取り組み:商用化を目指すロードマップ
日本でも、政府や産業界が連携して合成燃料の開発・普及を推進しています。
政府のロードマップ: 経済産業省は、2040年までに合成燃料をガソリンと同等の価格水準で商用化することを目指すロードマップを策定しました。
産業界の動き:
ENEOS、出光興産: 石油元売り各社は、CO₂回収技術や合成燃料の製造実証プラントの建設を進めています。
自動車メーカー: トヨタや日産、ホンダといったメーカーは、合成燃料を使用するエンジンやハイブリッド技術の研究開発を続けています。
日本自動車工業会のシナリオ: 2050年時点で、自動車用燃料の約20%を合成燃料に置き換えることで、ガソリン車を含む全体の脱炭素化を進めるシナリオを掲げています。
第4章:合成燃料の実用化はいつ?具体的なロードマップ

それでは、多くの人が知りたい「合成燃料の実用化はいつ?」という問いに答えていきましょう。結論から言えば、「2030年代前半の商用化を目指し、2040年以降の本格普及に向けて取り組みが進んでいる」というのが、最も現実的な見通しです。
4-1. 短期的な見通し(~2030年):まずは限定的な供給から
この期間は、まだ本格的な普及には至りません。
実証プラントの稼働: 世界各地で、大規模な実証プラントが稼働を開始します。
限定的な利用: コストが高いため、まずは航空機燃料(SAF: Sustainable Aviation Fuel)など、代替手段が限られる分野での利用が先行します。
ガソリンとの混合販売: 一部のガソリンスタンドで、ごく少量、ガソリンに合成燃料を混ぜて販売される可能性も示唆されています。
4-2. 中長期的な見通し(~2040年、~2050年):本格的な普及へ
この時期に、合成燃料は一気に身近な存在になると期待されています。
コストダウン: 技術革新と生産規模の拡大により、ガソリンとの価格差が縮まります。
インフラ整備: 製造・供給インフラが整備され、ガソリンスタンドでの給油が一般的になります。
本格普及: 既存のガソリン車が合成燃料を使うことで、社会全体の脱炭素化に大きく貢献します。
まとめ:合成燃料が拓く未来

合成燃料は、EVが普及する一方で、既存のインフラや内燃機関を有効活用しながら脱炭素社会を実現する、もう一つの重要な選択肢です。
「合成燃料の実用化はいつ?」という問いに対する答えは、「2030年代前半に商用化が始まり、2040年以降に本格的な普及期を迎える」と言えるでしょう。
電気自動車が「電動化」という形でモビリティの未来を切り拓く一方で、合成燃料は「燃料そのものの脱炭素化」という形で、私たちの愛車を未来に残してくれる可能性を秘めています。今後、合成燃料の開発と普及が、世界のエネルギー情勢をどう変えていくのか、目が離せません。